小松の空 〜小松飛行場物語〜


石川県 小松市

小松基地スクランブル!!!


JASDF 6th Air Wing - Komatsu Air Base



航空自衛隊小松基地のRW24、アラートハンガー(スクランブル格納庫)
※小松基地のF-15は小松空港展望デッキから誰でも見学できます。
※最近、スクランブル格納庫前に高い土手が作られましたが、これは写真撮影対策というより、万が一の事故対策、防弾堤と思われます。
(参照:百里基地で発生したスクランブル機のミサイル暴発事故の対策)


第6航空団


第303飛行隊
通称:ファイティング・ドラゴン 
部隊マークは「ドラゴン」
「平和と安全を守る意気」を表現している。

第306飛行隊
通称:ゴールデン・イーグル
部隊マークは石川県の県鳥、白山のイヌワシ
 「勇猛果敢な攻撃精神と、電光石火の運動性」

“イーグルネスト・小松”にはF-15が40機
東京→北陸新幹線→古都金沢→小松基地(=小松空港)があることもここでPRしておきます。(~o~)

※小松基地は土、日、祝祭日は飛行訓練をしていません。
市議会の本会議の時間帯、入学式や卒業式や、高校入試の日などもうるさいので、市と事前協議をして飛行訓練を自粛しています。
土日に小松空港に来て、「F-15が飛んでいない・・・」とガッカリする親子連れを見かけたことありますので、注意を。




最終更新日:2015/03/22
※記事は個人的な見聞、資料などによるものであり、内容の真偽については保証しません。
国防について興味を持つきっかけになればと思います。






日本海防衛の簡単なイメージ
(小松市役所にあった、防衛省のパンフレットから転載して手を加えてあります)
輪島分屯基地(不審な航空機発見) → 入間基地(スクランブル司令) → 小松基地スクランブル!!


小松基地は第6航空団として、第303、第306の二つの要撃飛行隊(実戦部隊)があり、F15戦闘機が約40機で編成されてます。
そのうち10機ほどは整備やメンテナンス状態なので、毎日40機が訓練しているわけではないということです。

それから広大な日本海を監視する警戒管制レーダーは輪島市の高州山にあり、
輪島分屯基地が365日、警戒任務を行っています。


日米共同訓練で鬼に金棒!!
2014年日米共同訓練では、青森県三沢基地の在日米軍機F-16Cがやってきました。
訓練期間中の小松基地には他にも百里基地の部隊もやってきて、アジア最強の軍事基地と化していました。(^_^;)

日本海側には舞鶴市に海上自衛隊の基地もあり、有事の際には海上自衛隊のイージス艦部隊と、
航空自衛隊の戦闘機部隊、在日米軍が連携して、空と海の両方から攻撃を防御する鉄壁の防衛力を発揮します。


直近の更新

 動画です
小松空港展望デッキからみた、ランウェイ24のスクランブルです。
土曜日だったので、騒音を考慮してかアフターバーナー全開のハイレートクライム ではありません。(平日の訓練の方が爆音全開かも・・・(^_^;) )
最終更新日:2015/03/09

小松基地アラート格納庫、耐弾型に改造した日!!
1987年 6月17日
それまでのトタン板と鉄骨だけのすきま風吹く小松基地のスクランブル用格納庫 が、コンクリート製の頑丈な倉庫になった。
2015/02/28 更新!!

『イーグルネスト』小森 陽一 :集英社文庫 2014/12/06発売
 「空」を目指すパイロット候補生の熱いドラマ。親子三代での飛行機乗りを目指す陸(りく)と、国を守る ため航空自衛隊に入隊した速(はやり)。二人の青年の人生が交差するとき、壮大で熱いドラマが生ま れる。『海猿』の小森陽一が描く空の男たちの物語。
最終更新日:2015/01/09

今年の正月の朝の除雪
2015年の早朝5時半、初詣に安宅神社に行ったのですが、折からの降雪により除 雪車が走り周っていたので帰りに小松空港によって除雪風景を見てきました。
当然ですが、皆さん除雪していました。
最終更新日:2015/01/02





石川県 小松市
小松といえばスクランブル!!!

緊急発進!! ホットスクランブル!!!


『F-86F戦闘機のスクランブル』
撮影日:昭和36年(1961年)4月10日(報道向け写真?)

小松基地のスクランブルの歴史

1961年
(昭和36年)
2月 1日、小松基地を設置。
3月23日、F86Fが一機、小松に初着陸。
1962年
(昭和37年)
5月15日、小松基地、領空侵犯に対する警戒任務開始。
6月20日、小松基地で初めてのスクランブル。
1977年
(昭和52年)
5月 日、小松基地スクランブル、500回達成。
6月    第303飛行隊にアラート任務付与
1980年
(昭和55年)
7月24日、小松基地スクランブル、1,000回に到達。
1982年
(昭和57年)
4月    第306飛行隊にアラート任務付与
1983年
(昭和58年)
12月 7日、小松基地スクランブル、1,500回に到達。
1987年
(昭和62年)
3月23日、小松基地スクランブル、2,000回達成。

2013年
(平成25)
12月22日、RW06(加賀市側)にもスクランブル施設設置の地元説 明会が開催され日末町内会に了承される。



昭和50年3月、スクランブル400回に達する。(F-86F)



昭和58年12月、スクランブル1500回。(F-4EJファントム 第306飛行隊)
※8年間で1000回以上のスクランブルです。三日に一度はスクランブルという凄まじい冷戦時代の小松。

参照と引用:『年表 小松の空』(住田正一)、小松基地広報館展示資料、北国新聞



大陸の国から見ると小松基地は日本の首都圏、大都市の正面を守る基地というのが分かります。

尖閣、沖縄付近に注意を奪われてて、日本海側が手薄になるとどうなるか?とかそういうことを素人ながらに考えると、
小松基地の重要性はよく分かると思います。しかし、都市部の住民の多くが小松を知らないのはちょっと残念です。




小松基地と近隣諸国との位置図。
貨物便のカーゴルックス航空(B747-8F)は、韓国(仁川国際空港)から小松空港まで1時間ほどで来ています。
小松基地のF15が韓国の空港まで20分足らずで行けるとするなら、スクランブル司令から10分〜15分後には能登半島 沖合に到達しているんじゃないでしょうか?


  小松市民として毎日(週末、祝日などを除く)小松基地の爆音を聞いていると、何が訓練で何がスクランブルなのかさっ ぱり分かりませんが、基本的に早朝深夜、昼休憩時間、あるいは休日に爆音が聞こえたら「ああ、また変なのが日本海 に現れた」という認識で間違いないと思います。昼間だと訓練中にスクランブルしていくのですが、スクランブルの訓練な のか、リアルなスクランブルなのか基地の外から見ていても全然分かりません。それだけ小松基地のF15は毎日気合の 入った訓練していますし、爆音も凄まじいです。一度、平日に小松空港の展望デッキで見学してみてください。
 それで、その“変なのが”というのは小松基地の場合はロシアの軍用機が該当すると思います。

 それから、最近のスクランブル事例としては、2013.年4月13日午前5時40分頃に小松基地からの早朝スクランブルがあ り、これはこの時間に淡路島で震度6弱を観測する地震があったので、状況把握のため淡路島へのスクランブルだった ようです。ちょうど北朝鮮がミサイル実験をすると国際社会にアピールしている時期でしたので、もしやという緊張感があり ました。(当時、小松基地は準有事体制を敷いており、三沢基地の警戒航空隊のレーダー機が昼夜日本海を飛んでいま した。)

小松基地では災害時にも状況把握のスクランブルをしているのだと初めて知ったので、ここに書いておきます。

※ 2014年11月22日夜に発生した長野県地震でもいち早くスクランブルをしていました。




訓練中のスクランブルは日常茶飯事のようです。





格納庫を開けて燃料を補給したり、当番機を入れ替えたり、実弾ミサイルを初めて見たときは生々しくて見てはいけない ものを見た気分でした。(実弾ミサイルは白で、模擬弾は青色らしいです。)
小松基地は訓練のための基地でなく、即座に全力で戦える実戦部隊の基地だと実感。教習所ではありません

なお、基地によってレベルの差はないということでした。
例えばスクランブルが数千回を超える小松や千歳、那覇基地に凄腕パイロットを集めて有事態勢を敷いているとか、そう いうことはしていないということです。




小松市と小松基地

※以下は小松市で生まれ育ち、生まれたときから小松基地が日常にある一個人の主観です。


F15部隊が2隊、約40機のF-15がある航空自衛隊屈指の小松基地には、民間機や外国機も離着陸しています。
基地でありながら、北陸の空の玄関口の小松空港も共有し正式には「小松飛行場」と言います。
※TVで「小牧空港」とい言い間違える有名人がいたので防衛省にはしっかり「小松基地」の広報活動をしてください、と注文しておきます。


 小松飛行場は太平洋戦争末期に建設され、第721海軍航空隊(神雷部隊=特攻隊)の主力が退避、駐留していました。
 この飛行場建設について当初、戦時下の食糧増産と言う名目で、安宅海岸の砂丘地帯や松林を開墾していましたが、 実は軍事機密による偽装飛行場建設でした。開墾が終わる頃に一方的に飛行場建設に変更され、地主は戦時徴用とし てタダ同然のような金額で用地買収をされて海軍小松飛行場の建設が始まり、多くの学徒や報国会、刑務所の囚人、朝 鮮人の労働者ら延べ約20万人が動員されて突貫工事で建設していましたが、基地施設や対空陣地などが未完のまま終 戦を迎えました。

 戦後、米軍の飛行場接収を経て、民間機が就航しましたが、ほどなくして政府から自衛隊小松基地設置の要望があり、 小松市側でも和田傅四郎(初代)市長が基地誘致に前向きに応える一方、小松市民の間では反対運動が起きています。
 和田市長は日露戦争を戦った老兵であり、熱心な国防論者だったようで、日本海側の基地の必要性をよく理解し、小松 基地に航空団を置いて日本海の防衛の拠点にすることにも熱心だったようです。一方では基地の街としての小松市の成 長と発展も考えて基地補償問題の交渉も行い、その後の小松市の発展を見るならば、(当時の人口8万人→現在約11 万人)地元にとっても、日本国にとってもウィン・ウィンの小松基地誘致だったと言えそうです。

小松市初代市長 和田傅四郎の言葉

ジェット基地は戦争の基地でないんじゃさかい、神雷特攻隊の二の舞いは決してござらんと確 信しとりまするし、絶対に神雷にさせてはいかんのでありまする。
防衛が本務でありまして、攻めていく機関では毛頭ないことを断言しときまする。
基地ァ立派な観光資源のひとつといたしまして、日本中の皆さんに喜んで見学してもらえるよう に開放する、安心できる基地でござりまする。

引用:『和田傅四郎翁その人生と生涯』

 以上の言葉は、小松市に小松基地が存在するための「理念」と言ってもいい言葉だと思います。今後、憲法解釈で日本 が戦争のできる国になったとしても、小松基地から領空外、外国に攻撃に向かうことは、小松市に基地を設置したときの 理念に反することになるかと思いますので、小松基地の地元である小松市民の理解が必要になると思います。

 今から思えば、日本海側の防衛の拠点として小松市は最適地で、輪島市のレーダー基地と併せて基地を建設すること にしたのは大正解といえますが、
 当時の小松市民にとっては旧海軍小松基地にいた特攻隊というトラウマや、軍隊経験、銃後の苦しい生活などで辛酸労 苦をなめた思いから戦争はこりごりという思いがあり、反対運動が起きたのは当然のことだったようです。それから、当時 は『基地のある街は原爆攻撃の目標』になるという、冷戦下の核攻撃の恐怖もありました。
今でも『小松基地は弾道ミサイルの第一攻撃目標になっているだろう』、と日常の雑談で聞くことがあります。

 それから、『昔はメーデーの時は労組の集団で基地にデモに行ったもんだが、今はさっぱりやな』というご隠居もいます が、現在、小松市と小松基地の関係は、地元民によって小松基地支援の会のようなものが7団体ほどあって、非常にい い関係が保たれているということです。
 

小松基地開設当初は激しい反対運動もありました。小松基地のある町内会の人たちが激怒して基地に乱入したトラブル もありましたが、紆余曲折、小松市民の国防への理解と協力で小松基地は開庁60周年に向かっています。




小松基地と地元の関係を象徴するようなお米。
小松基地航空祭の販売限定品だったはず・・・・。

私見ですが、
小松市は同規模の自治体と比べて「基地の迷惑料」で道路や公園ががとてもよく整備されている、と言われます。でも、いざ有事に多くの物資や補 給品、応援部隊が小松市に運び込まれる時に、小松市内の道路が積雪で通れない、道路が狭くて迂回路もない、武器弾薬、燃料を運ぶトレーラー が走れない、小松基地が未発達なインフラのせいで機能不全になるとか、公園がないと有事に住民が避難するのも不便、隊員の家族が安心して暮 らせない田舎町では困るから、基地の街としてのインフラ整備をしていると見るほうが正しいような気がします。
小松市に無駄に広い道路をたくさん造っている、というのは違うと思います。




地元では、小学校の社会見学で『小松空港』にきています。
私も小学一年生の時に来ました。雨の中ジャンボ機らしきものを見た記憶があります。

※ここは国土交通省の大阪航空局が管理し、民間会社がターミナルビルを運営する『小松空港の展望施設』です。
自衛隊基地ではありません。共用空港なので、民間機の後に、自衛隊機が飛びます。
教育の一環として戦闘機を見に来ていると勝手に勘違いしてはいけません。基地でなく、飛行場を見に来ている。
地元には小松基地航空祭に反対したり、イベントで子供に戦闘機を見せるな、触らせるなという申し入れを毎回する人たちもいます。







2013年、小松基地のRW06にもスクランブル格納庫が設置されることになりました。
※RW=ランウェイ=滑走路の意味


RW06に建設中の耐弾型格納庫(2013年の工事写真)


緊急発進の時間ロス解消 小松基地、飛行隊を分散配置


 近隣諸国からの領空侵犯に備え、航空自衛隊小松基地で戦闘機の緊急発進(スクランブ ル)態勢が強化され ることになり、基地側が22日、地元町内会に整備計画を明らかにし た。防衛省は2015年度をめどに、能美市 側にしかない飛行隊の指揮施設と駐機場を加 賀市側にも設け、いずれの方向からも即座に飛び立てるようにす る。これまで風向きの関 係で加賀市側から発進する際、滑走路までの距離が長く、タイムロスを余儀なくされてい  た。
 小松基地には第303、第306の飛行隊2隊があり、計約40機のF15戦闘機が配 備されている。両隊の指揮 施設は能美市側に並んでおり、隣接する駐機場などからF15 が出動する。

 戦闘機は向かい風で飛び立ち、スクランブルでは風向きによって能美、加賀市側のいず れかから滑走路に入っ て離陸する。ただ、加賀市側から滑走路に入る場合、能美市側に比 べて遠回りとなり、時間のロスが発生してい た。どの程度のタイムロスかは、防衛上の理 由から明らかにされていないが、数十秒から数分とみられる。

 整備計画では、2飛行隊の指揮施設のうち、303飛行隊用の1施設を加賀市側に移設 。隣接地に1機ずつ保 管できる17機分の駐機場(シェルター)を整備する予定で、これ までに10機分を整備した。15年度末までに残る 7機分を完成させ、最大3トンの弾薬 を保管できる施設も備える。小松基地は小松市日末町にある通称・三味(さ んまい)谷( だに)地区の用地約10万平方メートルをすでに取得した。

 中国の防空識別圏設定で、日本海側で唯一、戦闘機部隊が配備されている小松基地でも 緊張が高まってい る。防衛省によると、昨年度に全国の空自基地から緊急発進した回数は 、前年度比142回増の567回あった。 500回を超えたのは22年ぶりで、中国が3 06回、ロシア248回と多かった。小松基地を含め、基地別のデータ は公表されていな い。

 説明を受けた日末町内会の宮前豊町内会長(55)は「防衛力強化に必要なことならば 、理解せざるを得ない が、安全を確保してほしい」と話した。
(2013/12/23 北国新聞)

一言ツッコミしておきますと、
※三昧(さんまい)、小松市では昔は火葬場のことを意味しました。
念のため仏様を置いておいた方がいいんじゃないか?と思いました。



RW06に迂回して、通常より時間のかかっているスクランブルの動画


小松基地スクランブル!! (RW06)

これを見れば、なぜ加賀市側にもスクランブル施設が必要なのかわかります。
時速1500キロ以上で飛ぶ戦闘機が10秒でどのくらい飛んでくるかを考えると、
ロスタイムはない方がいいに決まっています。
強大な隣国には『つけ入る隙を見せてはいけない』と思います。


〜余談〜



日本海のすぐそばにある小松空港(基地)は津波に耐えられるのか?

小松は津波に大丈夫か?

小松市の浜佐美町〜草野町、安宅町の海岸線には高い土手が続いています。
さらに、海岸沿いに北陸自動車道が走っています。これは加賀市〜梯川までは盛土による道路なので
津波が発生して海岸線の土手を乗り越えても、北陸自動車道が小松空港を水没から守るらしい。

それから小松市〜加賀市一帯の海岸線は古来「小松砂丘」といわれる砂丘林が続く地形であり、安宅山などの小高い山 もありました。戦時中に砂丘が農地として平地に開墾されて海軍小松基地が作られ、その跡地にできた小松空港の標高 は意外と高いところにあります。
安宅インター付近で見てみたら分かりますが、小松工業団地の工場の屋根より、滑走路は高い位置にあります。
『スカイパークこまつ翼』の事務所の屋根よりずっと上に滑走路があります。

航空自衛隊松島基地は津波の被害を受けましたが、小松基地はその可能性は低そうです。

※以上は、何かの防災記事で読んだのですが、詳細は未確認です。




小松空港の前を通る、北陸自動車道






ロシア軍機また日本海飛行 空自7度目スクランブル!!
日本海を飛行したロシア軍のIL38哨戒機=2014/04/5日(産経ニュース)


小松アラート、緊急発進!!

 動画です
2014年11月22日、夜10時過ぎに発生した長野地震の直後に小松基地からスクラ ンブルがあり、その帰投から着陸までを撮影ました。家庭用ビデオカメラなので暗 闇に光が動いているだけですが、音で着陸してくるのが分かります。
最終更新日:2014/12/24

日本海の国籍不明機や領空侵犯しそうな航空機をいち早く発見し、小松基地にス クランブルを知らせる重要なレーダー基地です。能登半島の輪島市にあります。
能登の観光名所、能登千枚田の後ろにある高洲山が日本海を監視するレーダー 基地です。
最終更新日:2014/12/06

 動画です
RW24エンド(F15を後ろから見た)動画です。
機体が空の彼方に消えても、爆音の凄まじさだけが響く小松スクランブル!!!

最終更新日:2014/12/06


1980年8月18日、それまで丸腰同然だった空・海の自衛隊が潜水艦や戦闘機 にミサイルを搭載して警戒に当たることになった。
ミサイルを持たずにスクランブルに行くことが当然だった時代。
当時の北国新聞から世相を調べてみた。
最終更新日:2014/07/24

小松基地スクランブル!!(RW24、夜)

暗くなってからの小松基地のスクランブルの様子です。

雪のちらつく夜でも、日本海に向って飛んで行くことも小松基地の大事な任務。

最終更新日:2014/07/14

小松基地のスクランブルを見ようと思ったら、小松空港デッキで10日間張り込みを すれば見れると思いますが、普通のサラリーマンはそんなこと出来ないので、こち らで紹介します。生まれて初めて見たスクランブルは「カッコいい」とかそんなチープ な次元を超越した光景で鳥肌が立ちました。

 動画です
現在、小松基地ではRW06(加賀市側)にもスクランブル施設を建設中です。(2015 年完成予定)。
滑走路のどこからでもスクランブルが出来るようになり基地の機能が強化されま す。

小松空港(基地)の除雪風景

冬の北陸、豪雪でも飛行場は大丈夫?

北陸の冬は長く雪深い。小松空港の除雪はどうなのか?
正月に大雪だった2013年の1月1日に観察してきました。
小松基地と航空局が分担して除雪をしてました。

ミッドナイトイーグル

2007年11月公開
航空自衛隊小松基地のスクランブル発進場面。

RW24(能美市側)のアラートハンガーで撮影が行われました。


〜忘れてはいけない小松の空の記憶〜
小松を出撃した軍用機が帰ってくることはなかった。
戦時中、旧海軍小松基地に疎開してきた第721海軍航空隊。
通称「神雷部隊」は特攻専門の航空隊。
小松基地からの出撃:計9回、60機、戦死者277人。

日本人なら忘れてはならない、特攻隊の記憶。小松の空の光と影。





日本戦闘機が露Tu214R偵察機にスクランブルする写真が公開


 共同通信の報道によると日本の防衛省統合幕僚監部は17日、2012年度に航空自衛隊戦闘機が中国機に緊急発進(スクランブ ル)した回数が306回だったと発表した。前年度の156回からほぼ倍増し、統計の公表を始めた2001年度以降最多を記録した。中 国機の多くは戦闘機。ロシア機へのスクランブルは248回で、初めて中国が上回った。
これについて外交部(外務省)の華春瑩報道官は18日の定例記者会見で、「日本側がすべきはより多くの航空機を発進させるこ とではない」と表明した。
「人民網日本語版」2013年4月19日

日本の防衛省・統合幕僚監部の発表によると、ロシアの偵察機が2012年12月17日、日本海に接近、偵察し、日本の航空自衛隊はF-2Aと F-15J戦闘機を緊急発進した。これらの写真はスクランブルする様子を記録したものである。



コイツらかっ!!(~_~;)





ミサイルを搭載していない丸腰の戦闘機?
日本の自衛隊は先制攻撃をしないから、ロシア戦闘機は丸腰で飛んでいるのかも。




スクランブルが多いので、『またアンタか』というようなやり取りがあるのか知りませんが・・・。(~o~)

ロシアの戦闘機、表面が凸凹なのが気になるところです。永久に写真の撮り合いで仲良くお付き合いできればいいですね。


ちなみにF15を200機以上保有して常時運用できる国はアメリカ以外で日本だけです。
技術力、資金力のない国だとF15を持っても維持管理する金も技術もなく、ただの鉄くずになります。


日本の航空自衛隊が数字では小さくても、実力だとアメリカ空軍と遜色がないと言う人もいるのもうなづけます。










※参考文献、資料、写真
『和田傅四郎翁その人生と生涯』『草野町史』『安宅新町史』『小松市史』『串町史』
『小松の空』『粟津海軍飛行場』『蛭川町史』『浜佐美町史』『目で見る小松の歴史B昭和のこまつ』
『40年のあゆみ 北陸エアターミナルビル株式会社』『北国新聞』『防人たちはいま』
石川県航空プラザ展示、小松基地広報資料館展示、「中国網日本語版(チャイナネット)」

写真撮影地:小松空港3Fデッキ、輪島市内、高州山、小松基地、浮柳町内




石川県 小松市 
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